
近年、パワーハラスメントやメンタルヘルス不調といった労働環境の問題とともに、「退職勧奨(たいしょくかんしょう)」に関するトラブルが注目されています。特に、会社側から繰り返し退職を促される「執拗な退職勧奨」が、違法な行為に該当するのかどうか、判断に悩む場面が少なくありません。
本記事では、社労士の視点から、裁判例をもとに退職勧奨のグレーゾーンに迫りつつ、どこからが違法となりうるのかを解説します。
退職勧奨とは?
退職勧奨とは、企業が労働者に対して自発的な退職を促す行為です。これはあくまで「労働者の自由意思に基づく合意退職」を前提とした働きかけであり、法的には解雇とは区別されます。
ただし、会社側の言動が行き過ぎて、労働者の意思を無視した強要的なものになると、違法性が問われることになります。
裁判例1:東京地裁平成18年7月14日判決(NKK事件)
この事件では、上司が部下に対して繰り返し退職を促し、「君には居場所がない」「会社にいても成長できない」といった発言を繰り返していたケースが問題となりました。
裁判所は、退職勧奨が労働者に心理的圧力を与え、自由な意思決定を妨げるものであったとして、不法行為に基づく損害賠償責任を認めました。
▶ ポイント:回数、発言の内容、労働者の心理状態が重視された
裁判例2:大阪地裁平成25年3月28日判決(某大学事件)
大学職員に対する退職勧奨の際、1日に数回呼び出しを行い、精神的苦痛を与えたとされる事案。
裁判所は、「過度かつ執拗な退職勧奨は社会通念上相当な範囲を逸脱する」として、パワーハラスメントに該当する違法行為と判断しました。
▶ ポイント:1日に複数回の呼び出し、長時間拘束が評価された
執拗な退職勧奨が違法となる判断基準
以下のような要素が重なると、違法と判断される可能性が高まります。
- 勧奨の回数・頻度が過剰である
- 労働者の拒否意思を無視して継続される
- 精神的に追い詰めるような言動が含まれている
- 勤務中に長時間呼び出すなどの拘束行為がある
- 退職しなければ配置転換や降格などをほのめかす
社労士の視点:現場での予防と対応
企業としては、「適切な退職勧奨」と「違法な退職強要」の線引きを明確にしておくことが重要です。
- 退職勧奨はあくまで1回程度の打診にとどめる
- 文書化と記録保持を徹底する
- 面談には第三者(人事担当など)を同席させる
一方、労働者側としては、
- 勧奨の記録(日時、内容)を残しておく
- メールや録音による証拠化を検討する
- 一人で抱え込まず、外部の相談機関や専門家に早めに相談する
まとめ
退職勧奨は、企業にとっては必要な場合もありますが、それが執拗なものになると違法とされ、損害賠償や名誉毀損の責任を問われることになります。
社労士としても、現場の実情に即したアドバイスと、法的リスクへの配慮の両立が求められます。
本サイトでは今後も、こうしたグレーゾーンの実務論点を、中立かつ実務的な視点から発信していきます。