
「障害年金をもらっているのに働いていいのか?」
「少しでも働いたら支給停止されるのでは?」
そうした疑問や不安は、うつ病など精神疾患のある方が、症状が回復していく中で就労を検討する際にしばしば持つものです。
実際には、障害年金の受給と就労は両立可能な場合も十分にあります。
令和5年(2023年)6月23日の第5回社会保障審議会年金部会の資料「障害年金制度」によると、2019年では障害年金を受給されている方の中で、精神障害34.8%の方が就労しながら障害年金を受給されているというデータになっています。
その様な状況下で重要なのは、働ける・働いている=即支給停止ではないという制度の考え方を正しく理解することです。
この記事では、厚生労働省が公表している「精神の障害に係る等級判定ガイドライン」に基づき、就労と障害等級の関係について詳しく解説します。
障害年金は「就労の可否」ではなく「日常生活能力」で判断される
精神障害に関する障害年金は、就労しているかどうかそのものを基準に等級を決めるのではありません。
▶ ポイントは「日常生活能力の程度」と「就労制限の程度」
「精神の障害に係る等級判定ガイドライン」では、以下の2軸を用いて等級を判定しています
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日常生活能力の程度(1〜5段階)
→ 食事・清潔保持・対人関係などの生活の自立度合い -
日常生活能力の判定における障害の程度(軽度〜高度)
→ 総合的な生活支援の必要性
これらを総合して、簡単にまとめると以下のように等級が判断されます
等級 | 判定の目安 |
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1級 | 日常生活のすべてにおいて援助が必要で、ほぼ寝たきりや入院等 |
2級 | 日常生活において著しい制限があるが、ある程度の外出や通院が可能 |
3級(厚生年金のみ) | 日常生活に一定の制限があるが、軽度の就労などが可能 |
また、「障害認定基準における日常生活能力の判定方法」では、特に就労との関係が問題となることが多い精神疾患について、
「日常生活能力等の判定にあたっては、身体的機能および精神的機能を考慮の上、社会的な適応性の程度によって判断するよう努める。また、現に仕事に従事している者については、労働に従事していることをもって、直ちに日常生活能力が向上したものと捉えず、その療養状況を考慮するとともに、仕事の種類、内容、就労状況、職場でうけている援助の内容、他の従業員との意思疎通の状況等を十分確認したうえで日常能力を判断すること」
と定めています。
このことから、大まかに言えば「軽作業や短時間の就労をしていても、日常生活に大きな制限があれば2級に該当することはある」というのがガイドラインの考え方です。
誤解されがちな例
誤解 | 実際 |
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週に3回、短時間でも働いたら年金は打ち切りになる | 勤務内容・時間・支援の有無など総合的に判断 |
「働ける」というだけで障害者の要件から外れる | 「働けるか」ではなく、「生活全体でどれほどの支障があるか」で判断 |
上記の通り、ガイドラインの示されてる働いている=障害年金は支給されない、という事ではない根拠についてみてきましたが、それでも、うつ病などの精神疾患での障害年金請求では、等級判定にあたっては他の疾病と異なり、就労との関係が非常に重視されるのが実情です。
また、診断書の様式で、就労欄があるのは精神障害用の診断書のみです。
そこで重要となってくるのが、「職場での就労の実態」です。
実際に問題になるのは「働き方の実態」
就労している場合、以下の点が審査の重要ポイントになります。
審査で重視されるポイント
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労働時間・日数(例:週1日/2時間など)
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仕事内容の負荷(軽作業か、人間関係を要する業務か)
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職場での支援体制(指示がないと行動できない、配慮付きの職場)
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通勤や準備の困難さ(出勤まで家族の支援が必要など)
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就労による生活改善の程度(就労があっても家事はできない、家では臥床が多いなど)
上記ポイントは、障害認定基準の「就労状況」記載内容から、大まかに導き出したものです。
精神疾患全体に共通する考慮すべき事項は下記のとおりです。
- 援助や配慮が必要が常態化した環境下では安定して就労が出来ている場合でも、その援助や配慮がない場合に予想される状態を考慮する。
- 相当程度の援助を受けて就労している場合は、それを考慮する。
⇒就労系障害福祉サービス及び障害者雇用による就労については、1級又は2級の可能性を検討する。就労移行支援についても同様とする。
⇒障害者雇用を利用しない一般企業や自営・家業等で就労している場合でも、就労系障害福祉サービスや障害者雇用制度をにおける支援と同程度の援助を受けて就労している場合は、2級の可能性を検討する。
- 就労の影響により、就労以外の場面での日所生活能力が著しく低下していることが客観的に確認できる場合は、就労の場面及び就労以外の場面の両方の状況を考慮する。
- 一般企業(障害者雇用による就労を除く)での就労の場合は、月収の状況だけではなく、就労の実態を総合的に見て判断する。
また、うつ病等に追加で考慮される事項は下記のとおりです。
- 安定した就労が出来ているかどうかを考慮する。1年を超えて就労が継続できていたとしても、その間における就労の頻度や就労を継続するために受けている援助や配慮の状況もふまえ、就労の実態が不安定な場合なは、それを考慮する。
- 発病後も継続雇用されている場合は、従前の就労状況を参照しつつ、現在の仕事の内容や職場での援助の有無などの状況を考慮する。
- うつ病等による出勤状況への影響(頻繁な欠勤・早退・遅刻など)を考慮する。
- 職場での臨機応変な対応や意思疎通に困難な状況が見られる場合は、それを考慮する。
これらの事から、例えば「職場で受けている援助の状況」では、
「上司が常に見回り、声掛けや指示を行っている。また指示内容はできるだけかみ砕いた言葉を使い、実際に手本を見せながら、繰り返し教えることで、何とか仕事を覚えるようになった」
といった具合に記載する必要があります。
また、就労状況では、就労そのものだけではなく、通勤の状況についても重視されます。
うつ病等では、ラッシュ時の電車をさけたり、始発の駅を利用して必ず座れるようにする、あるいは途中で何度も休む必要があるため通常の倍ほどの時間がかかる、といった状況もあると思います。
そういった状況も、病歴・就労状況等申立書や、「日常生活および就労に関する状況について」に記入し、通常のの通勤が困難なことをアピールしていくのです。
そしてこれらの事から、審査のうえで見ているのは単に「形式上働いているかどうか」という事実ではなく「周囲の援助や配慮を得ながら何とか働けている実態と、それが私生活に及ぼす影響の全体のバランス」を見ているのです。
実務上の注意点:就労している場合の申立てのコツとまとめ
上記の事を踏まえて、病歴・就労状況等申立書や「日常生活および就労に関する状況について」書類、診断書には以下の点を明確に記載することが重要になります。
強調すべき点
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就労に至るまでの努力と支援の実態
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「働くことが生活の一部を支える手段にすぎず、生活全般にはなお支障がある」こと
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就労による疲弊、勤務後は横になることが多い等の私生活の実態
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仕事ができる時間・内容がきわめて限定的であること
なぜ、上記の点を強調すべきかをまとめると、
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障害年金の等級は、「就労の有無」ではなく「日常生活能力の制限」に基づいて判断される
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従って、うつ病などで就労が一部可能でも、生活上の支障が大きければ2級や3級の認定はあり得る
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単に「就労している=支給停止」と考えるのは誤解である
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審査においては、「就労の内容・時間・援助の有無」などが丁寧に検討される
とされているからです。
まとめ:うつ病で年金を受けながらでも「制限された就労」は可能!
うつ病などで障害年金を受給している方も、無理のない範囲での就労は制度上認められています。
短時間のパート的な就労からスタートし、症状を見ながら少しづつ就業時間を増やしていくことや、障害者雇用で配慮を受けながら働いてみるといったやり方など、とっかかりは様々な方法が考えられます。
その様な安定的に働けるか未知数の状況で、いきなり支給停止となることは極めて少ないです。
障害年金を受給しながらであれば、いきなり無理な働き方をするのではなく、まずは身の丈に合った働き方から初めて徐々にステップアップして行くことも考えられ、社会参加やリハビリの一環として積極的に評価される面もあります。
大切なのは、「生活全体としてまだどれだけ援助が必要か」を診断書などを通じて正確に伝えることです。
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