
職場でのパワーハラスメントや過重なストレスが原因で、うつ病を発症するケースは少なくありません。とくに中高年の男性社員は、職責や年齢的なプレッシャーから精神的な不調を抱えやすい傾向があります。
もしかしたら、今あなたは仕事でミスをしてしまうことに強い不安や罪悪感を感じているかもしれません。でも、それは「あなたのせい」ではありません。
もしも、パワハラなどの職場環境によってうつ病になってしまい、その影響で集中力や判断力が落ちているのであれば、それはあなた一人が責任を負うべきことではありません。
むしろ、会社があなたに対して適切な配慮をしているかが問われる問題です。この文章では、会社があなたに対して本来とるべき対応、そしてあなたが知っておくべき権利について、わかりやすくお伝えします。
「病気によるミス」で処分されるのは本来あってはならない
精神的な病気(うつ病や適応障害など)を抱えているとき、仕事のパフォーマンスが落ちたり、ケアレスミスが増えることは決して珍しいことではありません。
重要なのは、「それが病気によるもの」だと会社が認識していながら、必要な配慮をせずに評価を下げたり、懲戒処分をすることは原則として許されないということです。
一般的に、会社には人事評価を行うにあたっては広い裁量権があります。その理由は、
「労務の質をどう評価するかの自由が労務の提供を受ける側にはあり、この評価が受け入れがたい労働者には退職の自由を保障するというのが、雇用を契約する民法の建前である」(安田信託銀行事件)
というものです。
とはいえ、会社は人事評価や懲戒処分を行うにあたり、会社は何らの制約もない完全な裁量権をがあるわけではありません。
疾病と人事評価との関係でいえば、疾病はいつかは治るものであり、一時的なものにすぎません。
健康な人でもけがや病気になる可能性はあるので、それが原因で仕事のパフォーマンスが落ちたからといって、それだけで人事評価を下げて、給与を下げるといったことは不合理です。
うつ病等のメンタルヘルス不調の場合でも、それは疾病の一つですから同様に考えて、メンタルヘルス不調によって仕事上のミスを重ねたりという業務遂行能力の低下だけを理由に、人事評価を下げるのはやはり不合理であるといえます。
また、懲戒処分についても判例では、
「メンタルヘルス不調のために欠勤を続ける労働者について、会社としては、精神科医による健康診断を実施するなどしたうえで、その診断結果に応じて、必要な場合は治療を進めたうえで休職等の処分を検討し、その後の経過を見るなどの対応を採るべきである。このような対応をとることなく労働者が無断欠勤したものとして諭旨解雇処分の措置をとるのは、メンタル面に不調を抱える労働者に対する会社の対応としては適切なものとは言えない。このような事情の下では、労働者の欠勤は就業規則所定の懲戒事由になる無断欠勤にあたらず、当該処分は無効である」
と判断されています(日本ヒューレット・パッカード事件)。
つまり、重要なのは、「それが病気によるもの」だと会社が認識していながら、必要な配慮をせずに評価を下げたり、懲戒処分をすることは原則として許されないということです。
あなたがうつ病であると診断され、会社にも伝えているにも関わらず、何の配慮もなく重い業務を続けさせたり、ミスを理由に処罰しようとしている場合、それは会社側の「安全配慮義務違反」になる可能性があります。
安全配慮義務とは?
法律(労働契約法第5条)には、会社は従業員の心と身体の健康を守るために配慮する義務があると書かれています。
当該義務には、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なう事がないよう注意する義務=健康配慮義務が含まれます。
ですから、うつ病の診断がある社員に対して、その病状や業務能力を無視して通常通りの業務や責任を負わせることは、安全配慮義務違反と評価されかねないのです。
過去の判例でも、
「会社は、必ずしも労働者からの申告がなくても、その健康にかかわる労働環境などに十分な注意を払うべき安全配慮義務を負っている。その中で、労働者が過重な業務が続く中でその体調の悪化が看守される場合は、労働者からのメンタルヘルスに関する情報については、労働者本人からの積極的な申告が期待しがいたいことを前提としたうえで、必要に応じてその業務を軽減するなど労働者の心身の健康への配慮に努める必要がある」(東芝事件)
としています。
この判例を根拠として、会社は以下のような配慮をあなたに行う責任があります。
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業務内容を軽くする(負担の少ない仕事へ配置換えなど)
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勤務時間を短縮する、あるいは柔軟な勤務制度を提案する
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産業医や主治医と連携し、無理のない就労環境をつくる
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あなたの話を聞き、精神的サポートを行う
特に、メンタルヘルス不調により業務遂行が困難かどうかは医学的見地から行うべきなので、会社はあなたの同意を得て、主治医と面談したり、産業医等からも意見を聞いたりして対応すべきなのです。
ミスの多発は懲戒理由にならない場合が多い
業務上のミスが続いたとしても、それが精神疾患に起因するものである場合、「故意」や「重大な過失」があるとは認められにくく、懲戒処分の正当性が問われます。
特に以下のようなケースでは、懲戒処分や人事評価の引き下げが「違法」とされる可能性があります。
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うつ病の診断があることを会社が認識していた
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業務ミスが病状に起因することが合理的に推認できる
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適切な配慮(業務軽減等)を講じていなかった
これらは、上記にのべた会社の「安全配慮義務」から導き出せるものです。
ですから、会社から懲戒処分(減給、けん責、降格など)や評価の引き下げを告げられたときは、一人で抱え込まず、次のような対応をとってください。
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医師の診断書を再度提出し、就労配慮の必要性を明記してもらう
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産業医面談を希望する(義務ではありませんが、会社が対応すべき場合があります)
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労働組合や社外の労働相談窓口に相談する
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労働局の「総合労働相談コーナー」や弁護士に相談する
なぜ、これらの対応措置が有効かといえば、会社の雇用する労働者が過重労働やパワハラ・いじめなど職場での対人関係におけるストレスが原因で、労働者が精神障害を発症し自殺に至った場合には、会社の安全配慮義務違反による債務不履行や不法行為責任となり、場合によっては代表者だけでなく取締役等の役員にも損害賠償責任が問われるためです。
従って、労働局などに相談に行けば、そこから会社に対して是正勧告がなされる事となり、会社がそれに従わなければマスコミへの当該事実の公表へとつながり、ひいては会社の社会的信用の失墜につながります。
あなたは、法的にも社会的にも守られるべき立場にいるのです。
採るべき対応とその考え方
今のあなたに必要なのは、「厳しい指導」でも「反省の強要」でもありません。まずは、病状に応じた業務の軽減や働き方の見直しです。
あなたは「甘えている」のではなく、上記の述べたように法律によって「正当に配慮を受ける権利」を持っているのです。
その権利を行使するためにも、ひとりで我慢しつづけるのは禁物です。
パワハラやうつ病の影響で苦しんでいると、自分を責めてしまったり、「辞めた方がいいのか」と思い詰めてしまうことがあるかもしれません。
しかし、まずはあなたの体と心を守ることが一番大切です。そして、会社は安全配慮義務に基づいてそれを支えるべきなのです。
もし会社がその役割を果たしていないと感じたら、上記の述べたように社外の支援に手を伸ばすことは決して「逃げ」ではなく、正当な「自衛」なのです。
あなたの価値は、仕事の成果や評価で決まるものではありません。
メンタルへルス不調で、仕事にミスが起きるのはある意味当然のことです。
まず必要なのは、「あなたに非がある」という前提ではなく、「どうすれば無理なく働けるか」を会社と一緒に考えることです。
どうか、自分を責めすぎず、必要なサポートを求めてください。あなたは守られるべき存在なのです。
そして、メンタルヘルス不調からの回復と働きやすい環境づくりのために、一歩ずつ動いていけるよう応援しています。
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